2015年03月20日

ルポ 川内原発30キロ圏の説明会、九電は拒否~市民団体5時間要請

川内原発30キロ圏の説明会、九電は拒否~市民団体5時間要請

『それでもあなたは原発なのか』著者・林田英明

 どこまでも平行線だった。九州電力の広報担当者は顔色を変えず、市民団体の求めを拒否し続けた。疲れの残る5時間だったともいえよう。
 川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働に反対する県内93の市民団体でつくる「ストップ再稼働!3・11鹿児島集会実行委員会」が3月2日、九電に対し再稼働前に30キロ圏9市町の住民説明会と議会の同意を得るよう求め、福岡市の九電本店前に600人が集まり、要請を行った。地下2階の会議室には九州各地や東京、大阪、福島などから100人の枠として「要請団」が入り、九電側はエネルギー広報グループ長、大河内洋氏ら6人が応対した。

●社長でなく広報対応

 冒頭、要請団の野呂正和団長は「社長に懸案事項を説明してもらいたい。広報ではダメだ」として、段ボール箱10箱に入った9万9246筆の署名提出を棚上げした。実行委の向原祥隆事務局長が、社長でなくても代表権のある4人の副社長か会長でも構わない旨を伝えたが、大河内氏は「社内で対応を検討し、ここにいる者で対応することになった。会社として判断している。社長がすべてを判断するというわけではない」と答え、全く譲歩しない姿勢をこの後も貫く。
 要請する市民の側は次々に意見を表明した。「結論を押しつけるのではコミュニケーションではない」「(署名した)10万人の声を聞くなら社長が来るべきだ」「再稼働は命に関わる」。大河内氏にとっては“想定内”の問いかけだから返答は変わらない。
 実行委が要請した具体的な内容は、どういうものだったのか。それは以下の3点である。①最低限30キロ圏内9自治体で住民説明会を開催すること②再稼働について最低限30キロ圏内全9自治体の正式な議会の議決を得ること③説明を求める住民に対しては、30キロ圏内外にかかわらず説明会を開催すること。
 昨年12月と今年1月の2回にわたって対応を申し入れ、全国緊急署名を今年に入って取り組んだ成果が約10万筆であり、この日の要請行動には全国68団体が賛同している。「再稼働反対」を表に打ち立ててしまうと九電は門前払いするだろう、だから対話を求めて落としどころもさぐる“穏当”な要請項目だったのだが、瓜生道明社長に直接、現場の声とともに署名を渡したいとの希望はかなわなかった。確かに、この3点を九電がのんでしまうと再稼働は極めて難しくなる。立地自治体の薩摩川内市と鹿児島県の承諾をもって一日も早い再稼働に突き進みたいのだから。
 2年前、経済産業省主催の電気料金値上げについての公聴会には社長が出席している。大河内氏が「場合場合で決めている」と発言したため、その判断はどこでしたのかとの質問が出た。すると「内部プロセスについてはお話ししません」という返答。まるで壁に向かって話している徒労感に包まれる。野呂団長が「コミュニケーションになってますか」と聞けば「こうやって皆さんの前でお話しさせてもらっています」。「直接、社長に話します」と力んでも、社内の保安規定を持ち出して「会社として、お断りします」と、にべもない。「単にロボットでいいのか。良心は個人の中にしかない」と心に訴えたが、大河内氏の表情は変わらなかった。要請団としては、これまでの経緯と事前のやり取りで社長が現れるものと期待していただけに野呂団長は「だまし討ちを食らった感じ」と憤ったが、大河内氏は「社長が出ると確約していたわけではない」と会話はかみ合わない。

●命の問題が通じない

 広報の6人がすべてそんな様子だったかといえば、そうではない。原子力コミュニケーション本部副長のY氏は「再稼働への不安に対しては九電の安全対策を丁寧に説明していく。一人一人にお聞きすることを基本として」と、疑問への応答意欲があった。反原発の市民とも、意見の完全な一致はできなかったとしても同じ土俵に立つこの姿勢を要請団は求めていたのだ。向原事務局長が大河内氏に向かって、つい「この人と席を代わりなさい。あんたはボンクラ」と言ってしまったために、この「ボンクラ」発言を産経新聞は取り上げ、九州・山口版の紙面で「社長を出せ! 反原発団体 九電本社前で集会」とする見出しで実行委の要請活動を過激派が主導しているかのようにやゆした。
 だが、やりとりの中身を吟味したい。経済とは無縁の地点からなされる女性から「あなたに命はあるの? 子どもはいるの?」と問いかけても大河内氏は無反応。鹿児島から参加した男性が「会社として受け止めると言いながら、プロセスを明らかにせず、どうして社長に届くのか」と不信を募らせるのも当然だろう。福岡の男性が「取締役でないあなたたちの権限は何なのか。会社の組織決定を信用できない。誰に復命するのか」と問いただしても大河内氏は「プロセスは言えない」と繰り返すばかり。その福岡の男性は「信用が地に落ちましたね。社会のコンプライアンス(法令順守)が全然ない」と嘆くしかなかった。「3・11」以前と以後も、九電の本質は変わっていない証左だろう。
川内原発の南側に位置する羽島の海岸を口にする人もいた。ヒジキが全滅したのは周囲より7度も高い温排水が海に流されるからではないのか。地元に生きる者の声に耳を澄ませてほしいようだ。通常運転でも原発の影響は大きい。事故が起きれば、取り返しのつかない悲劇が待っている。辛抱しきれず女性が手を挙げた。「原発事故を防ぐことも止めることもできないのは想像できるはず。あなたたちの言ってるお客様って何ですか」
 署名をこのまま広報に渡しても社長に届くのだろうか。読んで考えてくれるのだろうか。この疑問に対して大河内氏は「これまでの申し入れ書も社長に報告している。社長が見たという証拠はない。広報で保管しているが、数は把握していない。保存期間は定めておらず、保管場所についてはお答えしかねる」と述べた。この返答では署名は渡せないと野呂団長が判断したのもやむを得ない。持ち帰ることを決めた。しかし、次回に要請を延ばしたとしても社長が登場する可能性はなさそうだ。広報が判断するレベルを超えていると要請団は考えているが、大河内氏は「会社の基本的ルールである広報が対応するとしか言えない。社長の動向についてはお話しすることはできません」に終始する。重ねて市民側が「命の問題」を主張したところ、よどみなく次の通りに話した。「原子力の安全性については一義的には九電の事業者にある。福島を踏まえて安全対策に取り組み、国の規制に対応してきた。私たちは事故を踏まえて、二度とああいう事故を起こしてはいけないとしっかり認識している」。思わず、「福島の現場にあなたは行かれましたか」との声が出た。大河内氏は、広報の中には訪れた者もいるが自分は行っていないことを認めた。そして田中俊一・原子力規制委員長が「安全を保証したものではない」と発言している点について、こう釈明する。「安全に絶対はないので不断に向上させるべきものという前提。規制委は規制基準を厳しくしており、安全レベルが確保されたと言っている」。彼は、現場を知らずに国をリードする霞が関の官僚に似ている。「ボンクラ」では決してなく、目の前の仕事をこなす極めて有能な人物だが、市民のほうを向いているわけではない。

●3項目すべて応じず

 要請3項目について大河内氏は回答の用意があるとし、野呂団長も迷いの末、聞くこととした。エネルギー広報グループ課長のI氏が手元の文章を項目ごとに読み上げる。①については、訪問活動、見学会などは継続しており、現時点で大規模な説明会を開催する予定はない。②については、原子力の安全性に対して第一の責任の事業者として自主的かつ継続的に安全性に取り組んでいるということで丁寧に説明しているので正式な議会決議の必要は考えていない。③については、安全対策の説明については今後も訪問活動、発電所の見学会で再稼働の不安について当初の理解活動を続けたい。説明会は考えていない。
 野呂団長は「①と③なら九電が決意しただけですぐできる」と不満を見せたが、大河内氏は「住民の皆様の不安にお答えするのは重要だと考えている」としながらも「住民説明会だけが広報活動とは考えていない」と語った。2005年、佐賀県唐津市で開かれた玄海原発(佐賀県)プルサーマル導入に関する公開討論会時には大河内氏は録音係で会場にいたという。市民側から「御用学者を入れて不十分だったが参加者を公募した。過酷事故が起こるかもしれないのに、なぜ今回説明会をやらないのか」と食い下がったものの、大河内氏は「状況の判断で」と明確な理由を明らかにしなかった。地元、薩摩川内市民の6割が再稼働に反対しているマスコミ報道に対しても「6割は何の流れでなったのか分かりません。世論調査の結果で再稼働を判断することはない」と引かなかった。住民の意思を、では、どうやって測るのか。住民アンケートを求める声も否定する。九電の「訪問活動」とは、各自治体や各種団体を訪れたり発電所周辺では自治会長宅を訪ねたりして持論を述べ、一方的主張を理解してもらうことのようだ。

●責任取らない再稼働

ここで九電の進行役が時間超過を理由に閉会を促した。これまでの経過をじっと聞いていた大分の男性が思わず立ち上がる。「(チェルノブイリ原発事故から)29年間、二項対立で来た結果が福島事故だった。大きな声を出したくない。胸襟を開いて話し合いたい。どうしたら九電がつぶれなくていいか。事故が起こったら倒産だ。2016年4月から電力も自由化される。私は九電から変えますよ。東京電力は30キロ圏内でなくても説明会をやると言っている。なぜ、まねないのか。情報公開して話し合う、これが21世紀のヒューマン企業ではないのか。直下型の地震や噴火は起こるんです。せめて鹿児島県民に説明会をやりましょう。企業の中でそういう機運をつくりましょうよ」。公益企業として、将来にも責任のある態度を求めたものだが、大河内氏は「立地を含めて各自治体については丁寧な説明を進めていく」と繰り返すばかりで、3項目について「乗りますよ、とは言えない。会社の回答としてお話ししている。受け入れられません」と明確に断り、席を立って引き揚げた。
3度の休憩を挟んで5時間を超える話し合いは終わり、外で事態を見守り続けた50人と合流した野呂団長は、反対派との話し合いを拒否する九電を「自信がないからだろう」と総括した。原発安全神話が崩れたら今度は放射能安全神話が幅を利かせるこの国にあって、誰も責任を取らない体質は変わらない。再び事故を起こしても、加害者は「想定外の天災」を持ち出して見かけだけ頭を下げるのだろう。このまま九電は原発再稼働に突き進むつもりなのか。誰かが会場で発言した言葉を思い出す。「原発を動かせば死の灰が発生する。殺人企業かもしれない。どれだけ頭にたたき込んでいるのか」。広報の彼らに、その自覚は恐らくない。


■林田英明(はやしだ・ひであき)
1959年、福岡県門司市(現北九州市)生まれ。明治大学文学部卒業。毎日新聞西部本社編集制作センター(校閲グループ)在勤。著書に『それでもあなたは原発なのか』(2014年、南方新社)(『戦争への抵抗力を培うために』(2008年、青雲印刷)、共著に『不良老人伝』(2008年、東海大学出版会)。毎日新聞校閲部編の共著に『新聞に見る日本語の大疑問』(1999年、東京書籍)、『読めば読むほど 日本語、こっそり誇れる強くなる』(2003年、東京書籍)がある。



Posted by 鹿児島集会 at 14:05│Comments(0)
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